ライヴレポ

アルルカン TOUR『境界線』男限定LIVE at 池袋CYBER

発表時から気にはなっていたものの、「絶対に行こう!」と意気込むほどではない。
私にとって「男限定ライヴ」というのは常にそういう位置づけのもので、過去に参加してきた(ジャンル問わず)メンズオンリーな催しは、いつだって当日券での参加ばかりでした。

「その日に目が覚めて、気分的に行こうと思えたから」

歳をとってからというもの、ライヴに足を運ぶ理由にこんな虚しい動機が追加されました。
全部が全部当日に決めてきたせいで、今までいくつの500円玉を無駄にしてきたことか。あぁ考えたくもない。
この日の公演も例外ではなく、前日になんとなくびじゅなびのライヴスケジュールページを見て、「へぇーアルルカンの男限定ライヴって明日なのかー」となり、「明日になったら決めよう」とページを閉じ、お仕事のひとつであるPOPのデザインや文章作りを続行。
なんやかんやで眠ったのは午前4時でした。

そして、ライヴ当日。
目が覚めて、時計を見たらマァびっくり!16:40。開場時間まで50分。
埼玉県民にとって親しみのある似非都会池袋とはいえ、今から身支度をして行くにはちょっと厳しい時間。
とはいえ、休日に家にいることがあまり好きではない性分なので、とりあえず身支度をしながらチラチラと時計に目をやり、ちょっと馬鹿っぽいですが「行く気」が起こるのを待っていました。

私とアルルカン。
結成前からあの不穏なアーティスト写真に興味を惹かれ、これまで発売された作品は全て手に入れてきましたが、メンバーさんのお名前もキャラクターもほとんど知らず、ライヴもイベントで2度観ただけ。
間違いなく「好きなバンド」ではありますが、ライヴ欲自体がそこまでない自分にとって「その気が起きる」のは少々困難な状況にありました。

ガ!

ふと、「メンバーさんはどんな意気込みなんダロ?」とTwitterを開き、暁さんのアカウントを覗いてみたら、なんともまぁ挑発的といいますか、文字から蒸気が見えるほどの熱意が感じられたので、「あれあれ。これは行かないと駄目だな」と急いで身支度を進めることに。

SNSに置かれたたった20文字で、それも自分よりずっと年下の男の言葉に突き動かされてしまうなんて。ちくしょう。
そんな、偉大なアーティストっぷりに覚える苛立ちと嫉妬心こそが音楽に向かう私の原動力のすべてであることを改めて思い知らされながら、故郷埼玉を後にするのです。

走る走る駅まで走る。
迷う迷う箱まで迷う。

開演時間である18:00ギリギリに到着し、駆け足で当日券を購入。地下へと続く階段を下りる。
フロアへと駆け降りるわずか数秒の間に考えていたことはただ一つ。
「もし、スッカスカなフロアだったらどうしよう…」という不安。

アルルカンと歴史。
彼らが始動から物凄い勢いでシーンを食い荒らし、対バン相手からガツガツお客を盗人しながら名をあげてきたことなんて、おそらく彼らのファンでなくとも承知のことで、本来であれば動員力という意味で心配をするなど失礼なお話。
それに例え10人しかいなくても私は思う存分公演を楽しめるタイプの人間。
でもね、今日は男限定のライヴなのよ。通常の公演とは勝手が違う。
少ししかいなかったら、確実に暴れ回ってない人間が集中攻撃を浴びることも目に見えている(前例大有り)。
そして、更にいえばある程度の人数がいないと男はウォォオオオ!とは騒げない哀れ臆病な生き物であることも男歴30周年を迎えた私には分かっていて、そんなダブルの恐怖感からソロソロっと幕を覗いたら…

わあ!いっぱいいる!

低身長高身長黒髪派手髪ツアT私服右利き左利きヨリドリミドリな男子が後ろの方までゾロゾロロ。
普段は談笑で溢れる開演前の時間ですが、多くの人がステージの暗幕をぼーっと眺めている様な状況。ちょっと異様。おひとりさまが多かったのでしょう。
会場におけるコミュニケーションが発達しない「男性」特有の物寂しげな雰囲気については敢えて触れない。ていで、触れておこう。

そして、開演の時刻。
それまで流れていたBGMが一瞬大音量になり、暗転。

男限定ライヴ。
それもそのバンドにとって「初の試み」となれば、尚更巻き起こってしまうのが例のアノ現象。
それは、SEが鳴り始めた瞬間の「で、お前らどうするの?」という客同士の暗黙の疑問符合戦だ。
幕が開き、メンバーがまだ現れていないステージを無造作に照らすライトを前に、男たちはとても静かだった。
今まで観てきた限定ライヴでは経験のない、その静まり返ったその光景にちょっと戸惑いを感じながら経過を辿っていたら、メンバーさんがゾロゾロと姿を見せた途端に瞬発的な押しと割れんばかりの大漢声が!
来場者数を考えれば、過去参加したメンズオンリーライヴの中で一番の声量。一人あたりのデシベル数がとんでもねえ。

そして、なによりも驚いたのが「本気組」の多さよ。
通常のライヴでもそうですが、男限定ライヴとなると特にフロアが「大暴れ組」「リズムにのる組」「奈良の大仏組」にハッキリ分かれるものです。
でも、この日は後衛にあたる「奈良の大仏組」は私を含め片手で足りる程度しかおらず、それ以外の男はまだ一曲目のイントロも始まっていない段階で出来得る限りのメンバーコールを張り上げていました。
ステージ側へ猛烈な圧縮をする彼らの姿に格好つける余裕さえ奪われてしまった壇上の4人は両手を広げ、ただでさえケタタマシイ声をあげるフロアに身を垂らし、その熱を歓待しながら持ち場へとつきます。
奈緒さん、來堵さん、堕門さんのニコニコトリオに反し、祥平さんだけは体勢を中腰に構え、客席の全員を威嚇する様に睨みつけていたのが印象的でした。
いやしかし、顔の整っている人がああいう表情をすると実に様になって格好良いですね。
とはいえ、その気高き美男子っぷりはこの後いとも簡単に崩されてしまい、公演を終えた今となって、私の中での彼のイメージは完全なる「うるせえ三枚目」になってしまったのですが…

「もう何も心配はいらない」
互いにそう確認し合いながら、SEを怒号ボイスで八つ裂きにする我ら狂った男性陣。
完全に温まったそのステージへ満を持して暁さんが登場。
黄色さ皆無の暑苦しい男たちによる渾身の暁コールを浴び、その表情はえらく緩みきっている御様子。
荒らすつもりのフロアが既に荒れきっているという異常な光景を前に、湧きあがる喜びと驚きのすべてに対応しきれていない表情筋が大苦戦している彼の顔を見て、「これは凄いことになりそうだ…」とついつい体が震えあがりました。

しかし、つい数秒前までニコっとしていたかと思えば、突然何かのスイッチが入ったかの様に豹変する5人の表情。
その豹変っぷりが特に凄まじかった暁さんはお立ち台に足をかけ、目を限界まで引ん剥き、口を縦に大きく開け、男の拳とオイオイコールに合わせオンマイクで頭をガンガン打ちつける。
悪い薬でもおキメになられたかの様なその猟奇的な姿がサッと頭上のライトに照らされた瞬間、体を震わせながら解放する様にこう叫びました。

男゛ォォオオオオ!!!

天辺知らずに勢力を増す男たちのド声に浸食されたフロアを『道化ノ華』で喰らいにかかる。
堕門さんが全力でしばきあげるタムの重たい鼓動に輪を掛けてテンションをあげていく絃楽器隊。
フロアもステージもそうだ。とにかく一人一人のアクションがとてつもなく大きくて、各々の肉体からそのまま直で音が出ている様な錯覚に陥る程でした。

「おい男!今日は女がいねぇぞ!好きにやれ!溜まってるもん全部吐き出せ!怪我するななんて言わねぇ!」と客席に挑発の餌を蒔き、あっけなく喰いついた男たちはもはや制御不能の発狂っぷり。
繰り返される拳と野太いコールに早くも「なっかなかやるじゃねぇか男!」と早くも暁様よりお褒めの言葉が。
一度目のサビを終え、もう煽る必要性を感じない客席をぐるーっと見回した暁さんが至って普通のトーンで投げかけた「たーのしいな?なぁ?」の言葉に突き上げられたいくつもの拳は、開始数分で異常な湿り気を帯びていました。って、それだとなんだかちょっと綺麗に聞こえちゃうからもっと単純に言おう。汗よ汗。すんごい汗!
存在意義を失くした空調の恩恵を受けたのはそんな男たちだけではなく、ステージの彼らもまた同じ。
生地が黒であろうが全く誤魔化しきれない程の水分を含んだ5人のTシャツがそのおぞましさを物語る。
念の為にもう一度言っておくよ。まだ一曲目よ。

「曲を重ねるたびに熱量が増していく」という表現をすれば最もっぽいし、絶対に間違っちゃいないのですが、この日のライヴは一曲目からこんな感じだったもので、正直感情の起伏なんて存在しませんでした。
続く『Apoptosis』でも、まるで何万回もこんなライヴが繰り返されていたかの様な「かくあるべき光景」が広がっており、それに気を良くした暁さんが「ここを狙え」と言わんばかりにガラ空きの胸を自傷とも取れるくらいの勢いで何度も何度も叩くのです。

かくあるべき光景!なんてさっきは格好良く言ってみましたが、そうは言ってもここは紛れもない初の男子限定公演。
『SynonyM』では、百戦錬磨の女性陣ならキッチリと決めるであろうジャンプのタイミングで上手く波にのれないフロア。
そんな愉快なぎこちなさも男限定ならではのもので、その様子を見た暁さんが「どう動いていいのか分かんないんだろ?そりゃあそうだ!俺だって!何て言っていいのか分かんねぇんだよ!」と、灼熱テンションのやり場に困った口調で叫びまくっていたのがなんとも面白格好良い。
これに限らず、この日の暁さんは湧きおこる感情に言葉がついていかず、地団駄を踏んだり、身ぶり手ぶりでその想いの大きさを表そうと必死になってくれていました。
「なんなのこの熱いバンドは!」ってのももちろんだけど、「なんだこの熱い客は!」という驚きが本当に大きかった。
暁さんが笑いながら放った「別のバンドみたいやん!こっちが操られてる感じがする!」という逆マリオネット現象発言こそが観客への最大の賛美だったのでしょう。

4曲目の『墓穴』を終えて、一時のクールダウン。
それまで曲中で思い思いの煽り文句を存分に浴びてきたこともあって、これが今日初のMCであることを忘れてしまうほどでした。
早くも肩で息をし、持ち前の触角ヘアが汗でペタンとなっている暁さんがマイクを取ります。
そして、さっきまでの熱狂が嘘みたいに静まり返った男たちを前に「今日ここを選んでくれたこと」と「アルルカンを見付けてくれたこと」への感謝を真剣な表情で並べたのち、「って、まだ4曲しかやってないのに終わりみたいな挨拶してんな。」と、ひとりケラケラ声をあげて笑い、ここからは緊張感レスなトークを繰り広げます。
「何を話していてもメンバーが楽しそうにしていればそれだけでこちらも楽しい」という現象は男女共通のもので、ラフな口調で今日の空気感を目一杯楽しんでいる5人の笑顔に重なる人数分の笑い声はとても温かなものでした。

「男ー!」

「ウォォォオオオ!!」

「女ー!!」

「(沈黙)」

爆笑

という見覚えのないコールアンドレスポンスに妙な感動を覚えるステージの皆々様。

「そうか…こうなるのか。すげぇな男って。男限定は自分でも行ったことがないからどうなるのか分からなくて、でもSEの時点でもう野太いやろ?俺、あんなにニヤニヤしながら登場したの初めてやで(笑)。」と、ここでも満足げな暁さん。
続けて「男尻(Janne Da Arcの男限定ライヴ)のDVDとかもめっちゃ観ててなー。」と言うと、すかさず奈緒さんが「俺は男樹!(SIAM SHADEのそれ)」とのっかってきて、おそらく世代的に近いであろう我々が大きなリアクションを返すと、「めっちゃウケてるやん!!」と大はしゃぎな御二人。

で、です。
突然ですが、始まったときからこの4曲の間に私が覚えた「ある違和感」についてお話したいのです。
何故このタイミング?と思われそうですが、このMC中にその違和感を解くヒントが転がっていたのです。
というのも、男子限定ライヴでは必ずといっていい程どのバンドさんも口にする「女の子ばかりだと気使うでしょ?」と「今日は男同士、気にせず暴れていってね。」という言葉。
この日も例外ではなく、メンバーさんからそういった発言があったのですが、私が今まで観てきたこの手のライヴでは、それに対して「そうだー!男は居づらいんだぞー!」といった弱き男による嘆きめいた叫びがあがり、それをきっかけに更に盛り上がるという流れがつきもの。でも、この日はそれが全然なかったのです。
「女の子ばかりだと気使うでしょ?」に対して、「そうでもない…かな…」とでも言いたげな薄ーい反応が返るだけで、メンバーさんも「あれ?そうでもないのかな?」といった表情を浮かべていました。

そして、他の男子限定ライヴと違ったもう一つの点は、ノリが決して純!男!なものではなかったところ。個人的にはこれが一番の「びっくり」でした。
女子特有のなめらかさにこそ欠けているものの、手扇子をはじめ、ギターソロで咲いてみたりだとか、スネアのリズムに合わせて開いた手を若干前後させる動きとか、開いた手を顔の高さあたりで左右交互に前後させるやつとか(こぞって名称不明…)。
そういったいわゆる女性的な、ヴィジュアル文化で作り上げられてきた動きをしている方も多くいて、私が男子限定ライヴにおいて勝手に思い込んでいた「女を気にせず好きにしろ=男らしく拳とヘドバンでわちゃわちゃ暴れろ」という認識が覆されたのです。
「そうか。なにも男限定だからといって、既存の男限定らしいアクションを起こさなければならないわけじゃないのか」と。
「好きにして」の言葉に「これまで少し恥ずかしくて躊躇していた”フリ”というものを全力でやってみる」という解釈を返すのもありなんだなと。
本来あるべき意味での「好きに」という言葉への解釈が逆に新鮮に映りました。
まぁこれは私個人が感じたことで、なかにはそんなの全く気にせず普段のライヴから死に物狂いで咲きますゼ!ってな男性もいるだろうから一概には言えないんですけどね。
ただ、今まで一度も観たことのない光景だったので、目が鱗でした。目からじゃなくて。大量に出過ぎて瞼で詰まった。うろこが。

でも、考えてみればそういった欲求が生まれるということはつまり、彼らが普段からいかにアルルカンを愛しているか&ライヴへ足を運んでいるかという証明でもあるわけで、現に「初めて来たって人おる?」という質問にあがった手は極めて少数でした。
「恥ずかしくてあげない」という雰囲気では確実になかった超ラフな空間におけるあの数は、きっとかなり正解に近いものでしょう。
これに関しては、メンバーさんにとっても何か感じるものがあったんじゃないかなぁと思います。
あ、でも、本来横モッシュをするのであろう箇所で、その準備を始めた一人の男性が横へ跳んだ瞬間にその隣の男性から向こう側が全員ヘドバンをしているのを見て「あれ?あぁ今日はヘドバンでいくのか!」といった様子で頭をガシガシ振り始めた姿はちょっと面白かったです。
「もうどんな方法でも楽しめればいい!」という感情が会場全体に広がっていて、それに思わずじーんとくるときもあれば、単純に愉快で笑ってしまう様な面もあったり。

MCではこの他にも祥平さん(自称アルルカンの男気担当)が突然「俺のステージドリンクはニンニクだ!」とのたまい、市販のチューブ入りニンニクをその場で一気飲みしたり、「男はやっぱりインストとかも来づらいでしょ?でもいいじゃん。来ちゃいなよ!」と自らこちらを誘ってきた奈緒さんが自身の大好きなlynch.のインストに行くシュミレーションをし、「あぁ…やっぱ無理だわ。行けんわ。ごめんな、言い過ぎたわ。」と、まさかの前言撤回を申し出たりと、なんだかてんやわんやなことが書き切れないほどありました。

男限定ライヴ特有の男性贔屓なMCももちろんあったし、そこから派生していろんな言葉がメンバーさんの口をついて出ましたが、あの場の雰囲気をナシにしてそれを書いてしまうと後ろ向きな誤解が生まれてしまうことも分かっているので、やっぱりこういう特殊な形態でのライヴレポは難しいなぁと思います。
「そんなこと普段は思っていないけど、あまりに楽し過ぎて余計なこともつい言っちゃう!」という、「それがなんであっても許されてしまう空気」というのはその場にいなければ伝わるものではないのでなんともむず痒いです。
まぁ要約すると祥平さんの食べたニンニクの匂いが最後列にまで及んで、堕門さんがバスドラを鳴らすたびに波動でラーメン屋臭が濃度を増していったってことです(雑)。
それにしても一日通して祥平さんのキャラのインパクトが強すぎた。というより、本当にうるさかった。
両手をあげながら小島よしおのテンションで何度も何度も前に出てきて「イエエエエイ!!」と喚き散らすあの姿。お調子者の幼稚園児そのものだったもの。
あんなにも格好良いベース弾きなのに。あんなにもイケメンなのに。彼は普段のライヴでどんな様子の方なのか、そんなところにも興味を持ってしまいました。

そんな祥平さんをはじめ、各々が男の歓声を聞きたいが為に執拗なまでの煽りを繰り返し、衰え知らずなその声量に大笑いをする中で、ただ一人冷静の笑みを保っていた來堵さん。
そんな彼が「あまり多くを語るつもりはないんだけど…ひとつだけいい?」と前置きをし、女子っぽく首を傾げながら言った「君たちはー…一体…どこに隠れてたの?」という愛らしい疑問が生んださっきまでの空気とのギャップについ全員が噴き出してしまったり。
序盤のMCはとてもゆるゆるなお時間でした。

そして、唐突な暁さんの一喝からライヴ続投。
横揺れの手拍子で視界のすべてが揺れ出した『身を知る雨』。
この日のライヴが単発の公演ではなく、47都道府県TOUR「境界線」の一欠片であることを認識させる様に放たれた『境界線』。
これまでの楽曲がVS男子に相応しいヘビーな御唄揃いだったことも手伝って、この『境界線』は本公演中で最高に映える差し色となっていました。
自己嫌悪の横暴なシャウトが途切れた瞬間から一気に美しいメロディーが降りてくるサビでは、そこに鳴る音と声がずっしりと聴き手の肩に圧し掛かり、ステージ以外の全てが静止している様な緊張感に苛まれる。
大袈裟ではなく、体感的にその時間だけ空間の重力が増している様にも感じられた程です。
そして、のちのMCで暁さんから「あの曲をやったってことは、お前らに告白したも同然なんだよ。でも勘違いしないでほしい。俺は女の子が好きです!!」との後書きをくらうことになる『独白』の重圧もこれまた凄まじかったです。

休憩らしい休憩もなく、喉が焼けるんじゃないかと心配になるほどの熱い口上を叫び散らし、自身の存在意義にしがみ付く様に歌う暁さんの姿に魅せられながら、私は彼に勝手に抱いていた「悲しい人」というイメージが確信に近付いていく感覚をおぼえました。
4人に囲まれたなかで和気あいあいとするMCでのラフな姿と、一人で書いている詩とのギャップがここまで掛け離れている人って、シーンを見回してもそうはいないと思うのです。
曲中で彼が高い筆圧で綴っている自制とも自責とも取れる言葉。
そして、そこに追い打ちをかける様なライヴでの口上は、ボーッと聴いていると「場の空気をカチ上げる為の名煽り」として認知されてしまうのでしょうが、真正面から向き合うとその過剰なまでの真剣さがかえってとても悲しく見えてしまうのです。
「互いに通じ合っているからこそ、赤裸々に吐き出せる喜び」とはまた違う、「安心しきれないからこその酷く荒々しい確認作業」というか。
あくまでも個人的に感じることですが、彼は例え相手が自分たちを選んでくれたファンであれ、すべてを信じ委ねられる人ではないんだろうなと。
押しつけではないけど、受け手によってはそう捉えられてもおかしくないくらいの気迫と形相が彼の一語一句には過剰なまでに宿っている印象を受けるのです。
こんなにも感性の鈍い私にもそれが痛いほど感じ取れるのですから、これはもうとんでもないことです。

「自分は弱い」という真実を、強者が恐れを成すほどの強さで放つ。
そんな彼の姿にあのフロアの人間すべてが胸を熱くするのは、やはり聴く者自身も彼と何かしら同じものを持っているからなのだと思います。
見覚えのない感情に共感できるほど男なんてできちゃいませんからね。

この日のMC中、暁さんが一度だけ微笑みを忘れ、真剣にこの空間への想いと互いに最大限の力でぶつかり合ったことによって手にした気付きについて話してくれたことがありました。
記憶しきれるほど端的な話ではなかったので、ニュアンスの違いなどがあると思いますがこの様なお話。

「”ありがとう”ってさっきから言ってるけど、「ありがとう」って…ちょっと違うやん?こっちは好きでやってるだけだから。
俺は理屈っぽいっていうか、すごい説明したがりで女の子には嫌われるんやけど、男は特にそういうの嫌いやろ?細かいことなんてどうでもいい。
だから、俺らが格好良くなくなったらいなくなってしまうことも分かってる。
そういう意味でも、今日ここを選んでくれたことで、今の自分たちが認められているって思えて嬉しい。そして、俺も今日ここを選んだ。
明日からまた通常のライヴに戻るけど、今まで戦い続けてきたからこそ、お前らに見付けてもらえたんだよな。」

その言葉を聞いて、この人はこんなときでさえ、「人が離れていくときのこと(ひとつの終わり)」を口にするんだなぁと驚かされました。
と同時に、彼の歌っている言葉がすべて彼の生き写しであることも痛いほど感じたのです。
この日は披露されなかった楽曲ですが、彼らの作品に『ステラ』という歌があり(※ちゃっかり発表するけど私が一番好きな歌)、その曲の中にこんな詩があります。

その目に映る
一瞬の為だけに
眠れぬ身体を燃やして
それがずっと
遠い遠い 先でも
懸けるのがこの命でも
構わない 照らし出そう

– いつか終わる –
見ていて欲しい。
枯れていく前に この声が
薄れていく前に この時が
– 二度と戻れない今だからこそ –

抜粋した限りでなく、この楽曲における言葉はアルルカンの存在そのものだと思うのです。話は変わる様で変わりませんが、私はその昔、とある方からこんな話を聞きました。
「ホラー映画の巨匠には怖がりな人が多い。だからこそ、人から恐怖の感情を引き出す作品が作れる。優れたレーサーは誰よりも事故を恐れている。だからこそ、緻密に走りを計算し、逸る感情に負けることなく冷静にトップクラスのタイムを更新し続けられる」そんな話です。
暁さんに関してもまた同じことが言える様な気がしています。
結成から間もなく他に類を見ないスピードで動員・売上を伸ばし、長いバンド人生においてもその地に到達することすら出来ずに散っていく先人も多いなか、常に全精力を注ぎきってそのすべてを掴み取ってきた「アルルカン」というバンド。
歩み寄らずに表層だけ眺めていれば、彼らは紛れもない「順風満帆なバンド」に見えてしまうし、「こんなに上手くいくのも最初だけだ」と笑う様な人間も周りには必ずいたと思います。
ただ、作品に触れてみれば、彼らが調子ノリのイケイケ野郎チームでないことなど想像するに容易なので、その都度かかったプレッシャーは並々ならぬものであったろうなと思うわけです。
短期間で急階段を駆け上がりながら、「終わらない世界」を歌うのではなく、脚光を浴びながらにして「いつか終わる世界」を歌う。
そんないつかの終焉を常に意識しているからこそ、今の瞬間瞬間に生まれる言葉には他では得られないだけの純粋な重みがあり、手垢塗れでありながらも決して嘘に汚されることのない想いが込められている。
それを自ら全身で受け止めようと手を伸ばす人たちがこれだけいるというのもまた奇跡的なもので、生のステージでぶつかったときに発生する生々しすぎる想いの片鱗は眩いばかりの輝きを放つのでしょう。

「一生懸命」という言葉がロックバンドに向けた賞賛に値するものかどうかは別として、その言葉が本来持っている意味でいえば、彼らには「一所懸命」という綴りの方が遥かに似合います。
私は楽曲やライヴが良ければアーティストの人間性なんて心の底からどうでもいいのですが、そんな「どうでもいい」とシラを切る自分にさえ刺さってくる鋭い信念をそこに見出せたのなら、それは大切に自分の中に留めておきたい、とも思うのです。
この日のライヴを体感して、アルルカンにそういった特別な想いが芽生えたこともここに記しておきます。

今日の喜びと自身の覚悟について真摯な態度で話してくれた後に、暁さんはこう言葉を締めました。

「男と女は当たり前に違うものだから、どうしても考えや想いがズレてしまうことがあるけど、俺は男同士であればそういう違いもそんなにはないと思ってる。「対等」という言葉を使うのを躊躇っていた時期もあるけど、今日なら言える。俺とお前らは対等だ。」

その言葉に大きく共鳴した客席から拍手喝采。
そして、迫りくる轟音にのせられるがまま突き上げられた拳へ刺さる『クオリア』の強靭さといったらもうなんと言っていいやら。日本語は偉大にして無力なものです

「今日ここで会えたのは、俺たちが会いたかったからだろうが!」と、唇から戦意垂れ流しで挑発されちゃ単純な男は黙っちゃいない。
その先の曲目においても、泣きそうな顔をしながら何かを一生懸命訴えかけてくる暁さんの声はもはや「言葉」としての形を保っておらず、正直な話私には何を言っているのか全く聞きとれませんでした。
それだけじゃない。來堵さんの巧みなライトハンドも音響のせいか他の音に押し潰されて聴こえなかったり、堕門さんが高ぶる感情のままにぶっ叩いたクラッシュシンバルの音に鼓膜がジーンとして立ち直るまでに時間がかかったり(この日のライヴでは熱演のあまりハイハットが抜けてしまったという逸話も有り)。
でも、そのときにはもうそんなことはどうでも良くなっていたのです。
こんな状況に身を置いて、「音楽だけ聴きに来ました」と冷静でいられる奴の方が余程異常者です。

「お前ら!ここに何しに来た!?」と二度浴びた暁さんの脳天直撃シャウトも手伝い、私の脳内に「音楽鑑賞をしに来たわけじゃない」という想いがドワーッと広がり、気付けばそれまでどんなライヴでもしたことのない頭上での手拍子をしていました(個人的には非常に恥ずかしい)。
何かを突き動かす膨大な力と、それを何千倍にも膨張させる環境と、狂いながらも誠心誠意この場で何かを築き上げようとする彼らの楽曲・演奏の素晴らしさを前にして、私が「もはや無敵!」とまでに自負していた厚ーい羞恥心は粉々に砕け散ったのでした。
どういうことだ!アルルカン!とんでもねえぞ!

ふと我に返り、横を見た私は今日何度目だってくらいの驚きを目の当たりにします。
始まったときは同族であったはずの数少ない奈良の大仏組も、このときには既に全員が大きなアクションを起こしたり、メンバーの声を全身全霊で叫んでいたのです。
私は暁さんのことを「宇宙一勇敢な弱虫」だと思っていましたが、その悲しみと憂いに閉ざされた唄でここまで人を熱くさせられる彼の表現者としてのパワーは計り知れないと身を持って知りました。

スモークなんてもはや不要!フロアの住人達から十分すぎるほどの熱い蒸気が湧き、それを迎え入れる様にライトが色とりどりに照らす。
そして、その奥で客席に音の報いをお見舞いする5人の姿。
得も言われぬ美しさと頼もしさにこの公演だけに限った話でなく、このバンドがいつまでも続いていてくれたら最高に嬉しいなと、純粋にそう思えました。

「もうそろそろ終わりや。」の言葉に「エエエエエエエ!イヤダアアアアア!」と一斉奇襲をかける男たちの合間を縫って一人の男性が叫んだ「最初っから!」というまさかの「本公演ふりだしに戻る案」にメンバーさんがバカウケしていましたが、本当にそうしたい・そうしてほしいという大きな想いがそこには存在していましたね。

ファンでなくとも一度イベントで観れば強く脳裏に焼きついちゃうであろう『像』『ダメ人間』の爆発力は言うまでもないし、全関節の神経が死亡してるんじゃないかなぁと思うくらいに暁さんのステージングもTHE完全燃焼の催し。
あの命懸けな猛烈ヘドバン、ちょっと心配になります。
とはいえ、「満身創痍」というにはあまりに元気が良すぎる彼ら&彼ら。
CYBERに憑りついた何らかの魔物がカンフル剤を無限に投与しているとしか思えないほどのトランスっぷり。
そんな言葉以上のものを全力でぶつけてくれた5人へ宛てたこちらからの精一杯の御礼が『ジレンマ』でのあのシーンでしょう。
暁さんが力強く掴んだマイクをフロアへ向けると、普段とは声色のまるで異なる大合唱が湧き起こる。
いくらMCでふにゃふにゃしていても、曲中は決戦とばかりに決して集中力を切らさない暁さんがあのときに見せた「驚き」と「喜び」のハッピーセットスマイルは、多分この先ずっと忘れることはないでしょう。
存分に男声コーラスを浴びた後、共に声を重ね合った最後のサビの終着地点で待ち構えていた奈緒さん來堵さんによる美しいツインギターの絡みがこの時間を最後まで綺麗に彩ってくれていました。

「おいお前ら!同じことの繰り返すために此処に来たのか?違うだろ!今日しかないものを掴むために来たんだろ?欲しいなら全力で取りに来い!」

フロアにビンビン響き渡る煽りから『残響』へ。
もう完全に理性を失っている男たちから秩序を取り戻すことなど不可能で、各々がただ勝手に歌って、鳴らして、受け取って、湧きあがって、壊れるだけ。
「心中」という言葉がそのまま当てはまる様な狂乱劇場に追い打ちをかけるがごとく叩きこまれた堕門さんのブラストビートはもはや狂気の沙汰!かと思えば、さっきまであんなにふざけ倒していた祥平さんが強靭なベースラインで客席を炙りに炙る。
自分をあと4人雇って、一人ひとりをずっと観ていたくなる様な、隙も余裕もないステージでした。
最後の一音が放出されたあともここぞとばかりに場を煽り倒す暁さん、そして彼の言葉に加戦する4つの爆音。さらにそれを掻き消さんばかりの歓声。
じーっとフロアを見渡したニヤケ顔の暁さんがお立ち台に足を掛け、小さく笑いながら投げかけた「またやろな。」という穏やかな言葉に大きな拍手が沸き起こりました。

幕が閉じ、私は「もうお腹一杯だ!」と、カラッカラの喉を潤す為にドリンクカウンターへ向かいました。
普段はドリンク交換をせず、早々に帰ることが多いのですが、さすがにこの日の灼熱烈風には耐えられず、それはそれは迷いなくドリンク列の最後尾につきます。
すると、つい数分前までグッタリだった客席前方から野太い「アンコール!アンコール!」の声が。
「まじかよ。もうちょっと休んだ方がいいんじゃないの?」と思うも、その声を聞いた男たちはドリンク列から外れ、大声でそのコールに混ざりだしたのです。
彼らはアルルカンさえいれば、水をも必要としないみたいよ。
コアラだ。彼らにとってアルルカンはユーカリか。どうかしてんだ。

初っ端からバッチリ揃ったアンコール要求の声。
5分もしない内に幕の奥からある男の声が聞こえた。

「おい男ォオオ!!アンコールならもっと声出せやァァアア!!!」

煽りというより、もう完全に笑っちゃってる様子でそう叫ぶ声の主は奈緒さん。
すると欲しがりな男たちは一度冷静になったはずの心と喉を一気にヒートアップさせ、先程までの威勢でアンコールを叫ぶ。
サーッと幕が開くと、満面の笑みを浮かべた5人様と再び御対面。

暁「アンコール煽る奴初めて見たわ(笑)。」

奈緒「こっちから見たら幕に拳が刺さってるのが見えたからさ、そしたらもう煽るしかないでしょ(笑)。なぁ男!?これが本当のアンコールだよなァアアア!!」

男「ウォォオオオオ!!」

体力のリミッターが壊れた群衆を前に、ここからしばし和やかなアンコール選曲会が開かれることに。
「男って何が聴きたいの?」という質問に「ダメ人間!」「像!」と並んで「無花果!」という声があがり、それを拾った奈緒さんが「俺は2曲やりたいんだよね。」と提案。問答無用で大喜びな猛獣たち。
奈緒さんからの願い入れは、二曲の内の一曲は『無花果』にしてほしいとのことでした。
この歌には暁さんと奈緒さんが掛け合う箇所があって、そこを「命懸けで歌いたいから。」という彼からの熱心なリクエストにより、一曲目は『無花果』に決定。

暁さんが「二曲目は何がいい?今日はお前らに任せるよ。」と言ったところ、客席から「私と理解!」の声が。すると、何故かあちこちからオオオオオと感嘆めいた同意の声があがります。
「普段やってない曲がいい?じゃあ理解やろうか?俺も好きやし。」で、締めは『「私」と”理解”』に決定。
この二曲に決まったとき、「なんだかんだメンバーの我儘って強いな。」と、元々その曲名がフロアから上がったものであることを忘れているかの様な発言をした暁さん。そこに一心同体の妙を感じました。

そんな暁さんが本日最後のセクションを今まさに迎えようというときに起爆剤として一発煽りをかました際、客席からの強大なレスポンスの波動に押されてか、クラッと体勢を崩しながら後退りしていて、そのときの彼の恍惚と歓喜をない混ぜにした本日二度目のハッピーセットスマイルもまた、たまらないものがありました。

「ありがとうっていう歌だから、そういう意味合いのあるときにしかこの歌はやらないんだけど、今日はそれだけのものをお前らから貰ったから、命を懸けて歌います。無花果。」

堕門さんの小さく細やかなカウントに寄り添うクリーントーンのアルペジオが奈緒さん來堵さんの指先から零れる様に広がり、そこへ天を駆ける様に伸びやかな祥平さんのベースが混ざる。
『境界線』とは逆に今度は重力が小さくなっている様にも感じられる特別な浮遊感はとても心地良いものでした。
この日の公演のかなり序盤から感じていたことですが、アルルカンのリズム隊はサウンドの軸としてとてつもないポテンシャルと可能性を秘めているなぁと思いました。
あのグルーヴの上でメロディーをつけられるフロント組は楽しいだろうなぁ。

冷静を取り戻した暁さんのバラードは言葉のひとつひとつがハッキリと耳に届き、高音も綺麗に伸びきっていて、艶やかな色気を感じました。
何度言っても足りないくらいにこの日の『無花果』は、歌唱が素晴らしかったです。
「命懸け」がテーマの奈緒さんのコーラスも絶妙。
温かく丸みのある堕門さんのスネアの音色も相まって、一口に「バラード」と呼ぶことも躊躇うほど贅沢な時間が流れて。
5人を見守る様なフロアの視線も、それを優しく見下ろすいくつもの照明も綺麗でした。

最後の一音が場内に響き渡った瞬間、まだ途切れきっていないその音を自ら迎えにいくように湧いた拍手。
その余韻をしばらく感じていたいと思ってはみたものの、そうは問屋が卸さない。
暁さんがお立ち台に上がり、本日ラストのラストを飾る『「私」と”理解”』へ。
「歌えんのか男!」と叫んだ彼の目は相変わらずガン切れていたけれど、そこへ湧いた最大出力の大歓声に思わず口元が緩んでしまう御様子で。
あの『ジレンマ』での大合唱を聴いたうえでの彼の煽りは私が過去に見てきた「確認作業」ではありませんでした。
「俺が何を欲しがってるのか分かるよな?」という信頼の言葉をかっ喰らう男たちの声、そして頭上を埋め尽くすいくつもの拳。
拡声の必要などまるでないその怒号に容赦なくマイクを突きつけ、イントロ前の節を全て観客に託す暁さん。

いやはや困った。ただ立って観ていただけなのに、ここからの記憶がまったくない。
本当に一瞬で終わった。生温い共感とはまるで縁のない本能引きずり出し合い選手権が。
どこを観ても同じ景色で、とある楽曲のイントロで暁さんが皮肉っぽく叫んだ「確かにここに在る線」がことごとく崩れ去った様にも思えました。
彼と「対等」になる為には、これほどまでの激烈な熱さが必要なのかと、ただただビビるばかりです。

客席から「見過ぎ見過ぎ!」の声があがるほど、ステージからフロアをじーーーーーーーっと見渡し、何度も深く頷いた後、「こうやってみんなの顔見るの好きなんだ。そこらの他人の顔なんて見たいと思わないけど。これって人間が好きってことなのかな?俺は自分で人間が嫌いだと思ってるんやけど、違うのかな?でもそれくらいに、今はこの景色が愛おしくてたまらない。」と話した暁さんの表情は、完全燃焼の一歩先をいった達成感の極みに達していました。

口を開いても、「ありがとう」と「楽しい」しか出てこない。
そう口々に話されるメンバーさんに同じだけの言葉を同じ熱量で跳ね返すフロアの諸君。
名残惜しそうにして、なかなかステージを離れようとしない自分たちに力技で区切りをつけたのは、そんな中でも特に後ろ髪を引かれている様子の暁さんでした。

「あかんわ!いくらでも居られるわ!もう帰るぞ(笑)!」

そういって、最初に捌けた彼と、その後に続いてメンバーさんが最高の笑顔で一言ずつ挨拶(というより完全なる煽り)を。
もう見えなくなったメンバーへ宛て、「ありがとう!」「楽しかった!」の声がいくつも重なり、最後には言葉のない穏やかな拍手が続く。
こうして熱しか存在しない池袋の地下で、「夢であってほしい」とさえ思える様な熱帯夜は幕を閉じたのでした。

アルルカン 47都道府県 ONEMAN TOUR「境界線」 男限定LIVE

今こうして書いてみて余計に思い知るはめになりましたが、この日に感じたイロイロを文字で伝えるなんてのは、例え一割でさえ不可能でした。
こういった公演の特性上、「女だから行けない!キーッ!」と嘆かれる女性も多数おられることとは思いますが、男性側からしても「同じファンでありながら、あの景色を、あの感情を、あのメチャクチャさを共有できないなんて考えたくもない!」と、そう心から悔むほどの素敵なライヴでしたので、ちょっとは伝わっていたらいいなぁと願うばかりです。

ではでは、暁さんがこの日に大笑いしながらフロアへ投げた一言を総まとめにして、この馬鹿長いレポみたいなものをおしまいにしたいと思います。
6月25日の池袋CYBERを一言で表しきった見事な御言葉はこれ。

「お前らほんとに意もなく盛り上がるな!あほばっかや!」

最後までお付き合いいただき、有難うございました。