わたくしごと

「LIPHLICH TIMES 8」制作秘話 その1

2018年4月8日にSHIBUYA O-EASTで開催された歴史的公演『SKAM LIFE’S IS DEAD』。
その日の終演後、制作スタッフを介し、会場を退出されるお客様へ「LIPHLICH TIMES」の号外をお配りしました。
「リフリッチ?はて、ニューヨーク周りにそんな街あったかね?」と戸惑われている英国紳士のためにここでご説明を。
「LIPHLICH TIMES」とは、私が”とある偏愛型CDショップ”に勤めていた際に発行していたペーパー(管理しにくいA3サイズ)の名でございます。

7年間お世話になったそのお店で、私は計100アーティスト以上のPOP制作を担当しており、最新作を夜な夜な聴き倒しては楽曲イメージに合うデザインを模索し、文章を練り、理想の色と紙質で出力し、スチレンボードに貼り合わせ、展示&告知をするという全工程を自分勝手に行ってきました。
実物を御覧になったことのある方はご存知かと思いますが、とにかく一枚一枚が大きく、文章量が異常で、中には高さ3m近くにまで及ぶ大仏めいたものを作成したこともあります。
家庭用プリンターを使い、A4サイズ数十枚で出力したPOPの一部たちを糊付け&貼り合わせる作業は、元来不器用な私にとって地獄以外の何物でもありませんでしたが、毎回アーティストやファンの方、たまたまお店で制作物に遭遇したお客様たちから身に余る程のお言葉をいただいたことによって、最後の最後まで一切の妥協なく業務を終えることが出来ました。
純粋な励ましでもあり、私自身にとっては戒めでも次へのプレッシャーでもあったそのお気持ちたちは、あの制作期間において絶対に必要なものでしたので、この場を借りて改めて感謝御礼申し上げます。

そんな店頭展示用のPOPですが、それだけのサイズと文章量をもってしても消化不良を起こしてしまうことが多々ありました。
そういった場合は、その都度ポストカードやペーパーなどの形にし、あらゆる方法で配布してはそれらを面白がって求めてくださる方々の手に届けてきました。
そのなかで最も発行数の多かったものが、2014年から発行を開始し、リリースがあるたびに1から作り続けてきた「LIPHLICH TIMES」でした。
デザインにせよ、文章の内容にせよ、発行数にせよ、その配布方法にせよ、何ひとつとしてアーティストの許可を取らずに強行突破で制作してきたアレソレでしたが、LIPHLICHというバンドは心が猟奇的なまでに寛大で、常に好意的に私の制作物に接してくださいました。

冒頭でもお話した、2018年4月8日。
ファンでない方に全てを説明するのは酷く困難なほど、LIPHLICHの歴史においてとても特殊で大きな意義を持つ公演が開催されました。
あの日から一年が経過した今も尚、喜び・悲しみ・光・闇・そのすべてを内包した宝物の様な記憶が参加者の胸のなかで輝きつづけていることでしょう。

さて、ここからが主題となります(10分のイントロ)。
その日を控え、一ショップスタッフとしても、一ファンとしても、公演日がやってくるのを楽しみにしていた私の元に”ある一通のメール”が届きました。
送信者は、「KING OF F」と恐れられし、フジプロダクション(LIPHLICHの所属事務所)の佐藤社長でした。
詳細を話せば大分長くなってしまいますので、超簡潔に流れを説明致します。
この様なやりとりがあったのさ。

KING「やぁKINGだよ。4月8日のライヴに先立って、LIPHLICH TIMESの最新号を発行してほしいんだ。内容は、”久我と君の対談記事”にしてほしい。返事ちょうだい」

私「ヒィ!恐れ多くて死にそうだよ!久我さんと対談?こちとら一般人よ!どうかご勘弁を!」

※非原文ママ

本件に限らず、光栄にも様々な方から文章の執筆依頼をいただいたことがございましたが、なにぶん私はアーティストへの敬意が病的故、「例え仕事であっても、直接的に接するのはナシ!」という考えが強く、「POPを担当しているバンドのインストアイベント開催日はことごとく休みを取る」という、社会人としては最低、しかし私個人としては最善の方法で接触から逃げつづけてきました。これはモチのロンで、対LIPHLICHにおいても同様です。
公式のSNSアカウント等で私や制作物について取り上げてくださることもございましたので、ファンの方のなかには「メンバーとも良い関係で仲良くやってるんだろうな」と思われていた方もいらっしゃるかもしれませんが、現に私は彼らと挨拶以上の会話をしたことがなく、更に言うと目の前でお会いしたことも3回程度しかございません。

そんな奴ですから、ご依頼をいただいた当初は同じ方法で逃げ切ろうと考えていました。
初めてLIPHLICHサイドからお声掛けいただいたことは大変光栄で有難かったのですが、対談どころかインタビューの経験もなく、更にまともにアーティストと接したこともない私にそんなことが出来るわけないだろうと思ったからです。
直接そう言われたわけではありませんが、過去の様々な積み重ねもあって、私の性格をなんとなく理解してくださっている佐藤社長も「多分断られるだろうな」と思われた上で声を掛けてくださったのだと思います。

逃げることは簡単です。なんせ臆病者はそれに慣れていますから。
ただ、そうは言っても「自分に出来る限りのことはしたい」という気持ちに私は流されていきます。
これまでだってずっとそう、私は誰かに頼まれて何かを作ったことなんて一度もなく、そのすべてを「なんだかやらずにはいられなかったから」という動機ひとつでやってきたのです。
「LIPHLICHがそんなライヴをするのなら!」そう思えば、勝手に体が動いちゃうなんて至極当然のことよ。ねぇそうでしょ?シナモン!

想いのままに私は、彼らのリリースにまつわる過去のPOPや配布物と、当時のエピソードなどを手書きで盛り込んだ「リフリッチファイル」なるものを作成し、4月8日の公演当日まで店頭で展示させていただくことにしました。
何年も前の制作データを引っ張り出しては、「あの頃ああだったな」と思い出に浸りながら復刻に努めておりましたが、その作業を進めていくにつれて、自分のなかにあらゆる記憶が鮮明に蘇ってきているのを感じたのです。

入社当初、「今一番注目しているバンドは?」と聞かれた際、未だ活動したてのバンドであった「リフリッチ」の名を即答し、「リフ…なに?」と聞き返されたときのこと。
初めて彼らのPOP制作をしたとき、どんな文章を書けば多くの人の目につくかとても悩んだこと。
仕上がったPOPを初めて目の当たりにしたメンバーさんが、驚きながらもとても喜んでくださっていたと、スタッフ伝にそう聞いたときのこと。
対面から逃げ回ってきたのに、ひょんな誤算からご挨拶をする機会が出来てしまい、どうしていいか分からなくなったときのこと。
ずっと願い続けてきた「インストアイベント満員御礼」を達成できたときのこと。
私の作ったものに毎度可愛らしいリアクションをしてくれていたメンバーさんが脱退することを知らされたときのこと。
その脱退発表から初めてメンバーがファンの前に姿を現す機会が奇しくも自店でのインストアイベントであり、双方の心情を察すると心が押し潰されそうになったときのこと。

過去のひとつひとつを振り返りながらもファイルを作り終えました。

※とにかく大きくて重たい

展示開始日から大変多くのお客様に見ていただくことができ、ほっと一安心。
しかし、ここで私は予期せぬ報告を受けることになるのです。
それは、「目を通しながら涙されている方が多くいた」という報告でした。
「歴史を辿りながらちょっと笑える展示物」を目指していた私でしたが、この報告を受けたことにより、「ここで逃げるのは正解なのか?」という大きな疑問を抱える様になってしまいます。
大袈裟に聞こえるかもしれませんが、これでも文字の制約にかなり感情量をカットされた結果です。

渋谷からさいたまへと戻る道で、私はずっとそのことについて考えていました。
なんて格好つけてみても、たかぶる気持ちの辿り着く先なんて想像に容易いもの。
思い立ったがなんとやらで、その夜私は佐藤社長に連絡をします。
そして、この様な勝手を投げつけるのです。

「やはり対談は難しいですが、ライヴ当日にお客様へお配りするもので宜しければ、是非作らせてください」

そこから話は一気に進みます。
というのも、この連絡をした一週間先がもう公演日だったのです。
入稿から自宅に納品→一部ずつの袋詰め→会場への納品という工程を考えると、遅くともその日から3日以内にはデータを完成させなければなりません。
当然その間も仕事を休むわけにはいきませんので、勤務時間内は作業にあてられず、確保可能な制作時間は実質15時間程。いつもの様に悩んでいる余裕などありませんでした。

「公演日のことを鮮明に思い返してもらえる様、当日のセットリストを掲載する」
「当日の23:00に解禁を予定している未発表のリリース&ツアー情報を紙面で先行発表する」

これが佐藤社長から出たとてもファン想いな2つの提案でした。
そこに私からの「過去から今に至るまでのLIPHLICHの軌跡を辿った長文コラムを載せる」という我儘を加え、仕上がったのがあの「LIPHLICH TIMES 8」です。
公式にいただいたご依頼であるにも関わらず、「デザイン・文章共に事前チェックなしでOK」という非常識なルール。
配布当日にならなければ、そこにどんなことがどんな風に書かれているのか事務所もメンバーも分からないって。ねぇ!頭おかしいでしょ(失礼)!

「信用してくれているんだよね、きっと。そうだよね。きっとね…」と、プレッシャーなのか気楽なのかよく分からない状況に若干戸惑いながらも、余計なことで迷っている時間などないので、そこからは死に物狂いでGoGoです。
レイアウトを考えるのは後回しにし、まずは顔となるアーティスト写真の加工・合成とセットリストの文字入れから取り掛かりました。

しかし、このとき私は気付いてしまうのです。
制作を進める過程において、自分がいくつもの障害にぶち当たることを。
そのひとつである「セットリスト掲載問題」について、明日にでもお話しましょう。
子供じみたことを言う様ですが、一ファンとしてとても楽しみにしていた歴史的一夜に演奏される曲とその曲順を「予め知ってしまうこと」その苦痛は計り知れないものでした。

それでは参りましょう。世にもくだらぬ奮闘劇を。
皐月の夜に鳴くしゃれこうべ。一年越しにわんわん泣かせてよね。

つづく

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