寄稿後記

umbrella『解放する衝動』寄稿後記

月に叢雲花に風、梅雨の空にはumbrella。
6月27日に渋谷RUIDO K2で開催されたツアー『解放する衝動』の最終公演をレポさせていただきました。光栄の極みあざらし!

大嫌いな街 VS 大好きな音の決戦。
後者の圧倒的勝利により、またしても「余程のことがないと行かない街 渋谷」へと足を運んだわけですが、天候がこれまたアンブレラ必須の雨ザアザアでして。
よりダウナーな気分にさせられる境遇にありながら、K2までの足取りは実に軽いものでした。

包むように降りそそぐ 雨 雨

RUIDO K2は、駅から徒歩5分。
7年間ほぼ毎日の様に訪れた渋谷ですが、一度も降りたことのない「西口」から出て歩道橋を渡ってみたらばまぁびっくり。緑が多い!

会場へ入り、「はて、どこで観ようかしら」と落ち着く場所を探す三十路。
一度は上手の最後列へ入ったのですが、ステージを見回そうとしたときに思わず「ウッ」と声がもれる。
実はこの日、私は首を猛烈に寝違えてしまい、左側を一切向けない状態でした。
「これじゃ春さんに一言も触れないレポが仕上がってしまう」と焦り、いそいそとセンターへ移動。
ステージの隅から隅までを覆い隠す真っ白な大型スクリーンを見ては、「これが噂のユイマックスシアター…」などと脳内でのたまい、大人しく開演時間を待つのでした。

ライヴは「感動」の一言。
「このバンドは一体どこまでいくのだろう?」と、最新作を追う毎に感じていたホラー級の進化。それを更に解像度高い音像で打ち付けられ、純粋に「音楽って良いなぁ」と物思いにふけてしまう時間がまぁまぁな頻度で訪れました。
そんな放心タイムがやってくる度に「いかんいかん。今日は仕事よ」と意識的に我を取り戻したものです。

「umbrellaのどういうところが良いの?」と問われれば、即答で「曲が良い」と端的に返します。
しかし、私はそれと同じくらいに「4人ががむしゃらに音と心中していく姿」が好きです。
100の力をギターと歌の両方に注ぐ器用な唯さんが歌を放棄し、200の力をギターへ振り切ってみせたときのこと。完全にプレイヤーへとスイッチした彼が柊さん、春さん、将さんと向かい合い、一斉に感情を爆発させたときに渦巻く分厚いサウンドには開いた口が塞がりません。
意識してかそうでないかはコンポーザーである唯さんのみぞ知るところではありますが、umbrellaの楽曲にはそういった「傘水入らず」の心中タイムが多すぎる程に存在します。
そして、その威力を生で体感する度「umbrellaってロックバンドなんだな」と、本来承知であるはずの事実を痛感させられるのです。
いやはや、どの楽曲においてもメロディーがあまりに綺麗なもので、時々忘れてしまうのよ。許してみそちゃん。

レポには書ききれなかったことのひとつに、唯さんの切なるMCがありました。
それは、この日の最後に演奏された『アラン』を前にしたときのこと。
彼は突然「もうちょっとだけ僕の我儘に付き合ってください」と口を開き、静まり返ったファンへ向けて『アラン』にまつわる苦い過去を告白しました。

リリース当時、そのあまりのポップさに「こんなのumbrellaじゃない」という声が多方面からあがったこの楽曲。
しかし、何年もかけてそれをファンと共に大切に育ててきた彼は、「(あの頃そう言ってきた人たちに)”この曲はこんなに幸せに育っているよ”ということを見せてあげたい」と続けました。
「一緒に育ててくれた皆さんに感謝を込めて、最後一緒に歌わせてください。宜しくお願いします」と一礼した後に、客席からは大きな賛同の拍手が響き、「この曲が”umbrellaじゃない”なんてもう二度と言われないように大きな声で歌ってくれますか?」という渾身の問い掛けに、この日最大の歓声が返されたのです。

umbrellaは「美しい歌」で戦いながら、抗っているバンドでもあると思います。
その攻撃性がオブラートに包み切れない程肥大してしまっている楽曲がここ数年に生まれた曲の中にもいくつか見受けられます。
それは、「守りたいものを守るための攻撃」であると共に「魂を売ってはならない」という自身への戒めにも取れ、そういった楽曲にはこれ以上ない程の毒と鋭利さが混在しています。
感情表現が豊かだからこそ、その攻撃性はときに鬱色を帯び、聴き手に不安を感じさせてしまう側面を持つのです。

umbrellaの不確定な未来を案じた『未来計画』。
そして、夢追い人の憂いを歌った『ヨルノカーテン』。
この日の公演で演奏されたこの2曲には「明日の世界は不確かで震えるけど」という詩が共通して存在します。
9年に渡る活動のなか、同じ音楽の道を志す多くの仲間たちとの別れを幾度も経験した彼らが歌う「未来」という言葉は、決して「希望」に溢れたものではありません。
しかし、何故そんな悪路を歩んでも尚、4人が膝を折らずに立ち続けていられるのかを考えると、その原動力もまた「背負ってきた仲間たちへの想い」である様な気がしてならないのです。

総じて「何を言ってやがんだい」って話かもしれませんが、私はこの日の公演を目にして、ひとつ思ったことがありました。
それは、umbrellaがコンセプトに掲げる「傘」は聴き手に差し伸べられているものではなく、彼らを含めumbrellaを愛するすべての人の頭上に広げられているものなのではないかということ。
「umbrella」というひとつの大きな傘の下に4人とファン、そして過去に見送った多くの戦友たちの気持ちが共存している。そんな印象を受けたのです。
強いだけのバンドではないからこそ、あんなにもしなやかで澄んだ作品が生まれ続けるのだろうと思います。
正直、アンコールで歌われた『ヨルノカーテン』の後に『僕達が描いたパノラマ』がきたら、私は泣いちゃってたわ(‘;’)あぶねぇあぶねぇ。サンキューアラン。良い御唄です。

「これ、ライヴで出来るの?」と首を傾げるテクニカルかつ自由度の高いプレイと、「どこまで男声離れするの?」と驚きを隠せない唯さんの心地良く艶っぽい高音。
それを一番良質な状態で受け止められる環境が「生のライヴ」であるumbrellaの熱演は、美しく強く、そして何より「格好良い」のです。

などと、ベタ褒めの嵐なわけですが、そんなumbrellaの面々に敢えて苦言を呈すると、演奏の合間合間に催される4人の関西人トークをどうにかしてほしい!
本当はそれらのシーンもレポに書き出したかったのですが、それをやってしまうとそれまでに積み上げた文章が一瞬で説得力を失ってしまうと判断したため、原稿上では思いっ切り割愛させていただきました。
正直、彼らのMCはあの日の私にとっちゃ完全なる営業妨害。ちょっと面白すぎる。特にベースの人。

というわけで、長くなってしまいましたが、umbrella『解放する衝動』の寄稿後記でございました。
「あのバンドが好きな人は~」とか「こういう曲が好きな人は~」なんて雑な売り文句はなしにして、もっと大雑把に、でも的確に「音楽が好きな人」には是が非でも触れていただきたいバンドです。手始めに真下の『リビドー』からどうぞ。

小技の効きすぎた手数多めのお洒落過ぎるドラム、大いに唸っては空気ごと持ち上げる怪力ベースライン、頭の中を旋回する雨音の様な美しいリフ、そしてサビの鬼ファルセット。これらがライヴでは「完全再現」以上の再現を成されますのよ。恐ろしいでしょ。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。それでは、皆様よい梅雨をー。

あざちゃん
あざちゃん
体力に余裕があったら『キネマトグラフ』のレビュー記事も見てね。