ライヴレポ

DAMY『この場所で僕らは消える。』at SHIBUYA O-WEST

「楽しそうで、本当に良かった」

ライヴを観終えて、WESTの階段をおりながらポッと頭に浮かんだ感想がこれでした。
公演中は見る目・聴く耳を疑うことばかりで、例の如く最後列棒立ちおじさんだった私ですが、その胸中たるや喜びと興奮と、あとひとつ覚えのない感情でぐちゃぐちゃだったわ。

数ヶ月前までは、何年にも渡って行き来していた渋谷駅。
ハチ公改札を出て、一番に思ったのは「やっぱり、嫌いだな」


余談ではありますが、私はここから(迷わなければ!)徒歩10分程の場所にある某CDショップで働いていました。
「渋谷のカリスマ」率いるDAMYを贔屓していたそのお店で、彼らの『調教』という作品からずっと店頭展示用のPOPを作らせていただいており、そのデザインと文章作成のためにそれはもうノイローゼになるくらい毎作品を聴き倒してきた過去があるのです。

ごちゃごちゃした人ごみの鬱陶しいスクランブルなんとかを渡りながら、耳元ではこの区のカリスマが『言いたいことが言えてますか?』と何度も問いかけてくる。
彼らの作品の常套句ともいえるほど、歌詞に頻出する「言いたいことが言えない」という言葉。
そんな弱音を「言いたいことが言えている勢」よりも遥かに大声でがなり叫ぶ天邪鬼さが好きだった私にとって「言いたいことが言えないダミーちゃん」こそが至高だったわけですが、この日ばかりは「出したいものが全て出し尽くせるダミーちゃん」に会いたいなぁと思いながら会場までの道のりを行きます。

あらかじめ「当日券残少!」の案内を受けていたので、少しビビりながらも当日券売場へ。
問題なく買えたのは良いものの、会場に入って唖然。スクランブルなんとかの比じゃねぇ。物凄い人の数!前から後ろまでパンパン!
途中、「入りきれないお客さんが会場外にもいる」というアナウンスが入る程の大盛況ぶりで、開演前にステージ上から客席を見下ろす緑と青のライトが妙に誇らしげに見えたものです。

入場した人間のほとんどが目を疑ったであろう、ドラム台の高さもまた圧巻。
「天井が高い」でお馴染みのWESTですが、ステージからその天井のちょうど中間地点あたりにクラッシュシンバルがあるという高台っぷり。
スカイツリー・東京タワーに次ぐ、新名所「ミハルヒル」の施工者である秘密結社ONGの並々ならぬ気合を感じながらも、私にとって数少ない現役溺愛ドラマーの一人である海青さんがあの位置から音をぶん投げてくるのかと思うと、会場内に響く談笑の声さえも嵐の前の静けさに他ならねぇと震えたものです。

時は16:00
暗転

物々しい雰囲気に場内は静まり返り、センターに配置された巨大なスクリーンへ意識が吸い込まれる。
彼らの代表曲でもある『汚物』をコラージュしたSEが鳴り響き、スクリーンにはこれから登場するメンバーの写真が散りばめられ、まずは海青さんの登場。
DAMYのライヴを一度でも観たことがある方ならお分かりいただけるであろう、あの超常現象的な歓声(というかあれはもはや銃声)が大音量のSEを喰らい、最後列にいながらにして耳がいかれちゃう私。
余談Ⅱですが、この日の前日にVo.椋さんがベタベタに惚れ倒しているバンド「Plastic Tree」の男限定ライヴに参加していた私。
それ故、鼓膜は大きな音への耐性がかなり出来ており、ちょっとやそっとの歓声でびくつくことなどなかったはずですが、性別をも超越したDAMYファンの絶叫には即お手上げでございました。
やっぱり、同じシーンのどのバンドと比べてみても、彼女たち(時々彼)の渇望度は桁外れです。

天災ともとれるほどの発狂メンバーコールを浴びた最後の刺客。
お立ち台に飛び乗った椋さんの「さぁ始めようか」から『chilled.』で開戦。
ド級の分厚いシャウトをきっかけにCO2の柱が天井まで一気に吹き上がるド派手な演出もなんのその、ステージに一切目もくれずフロアはヘドバン暴風域に。
DAMY史上最高にキャッチ―なサビの解放感が場内温度を一気にブチ上げ、一曲目から見事にチルド解凍成功!となった折り、息つく間もなく『milk』へ。
まだ2曲目ではあるけど、「ここまでよく我慢した」と自分を褒め讃えたくなる程言いたいことがひとつあります。それは、椋さんの歌。一日を通して、私はこれに感動しきりでした。
DAMYのライヴは良くも悪くも人間らしく、公演毎の波がすこぶる激しい椋さんの歌唱もまた魅力のひとつでしたが、この日は「全神経をここに持ってきた」と言わんばかりの声量と縦横無尽な詩への憑依っぷりに、失礼ながら「ここに来て、こんなに良い声を聴かせてくれるのか!」と非常に興奮したものです。ただただ素晴らしかった。

「ちょっとくらい温まってきたか?僕はまだウォーミングアップが足りない様なので、君たちを…喰らい殺したい」

理不尽にも程があるこのカニバリズム宣言から『喰らい殺す』へ。
単純明快なたった2行の詩からなるこの猛烈煽りナンバーで見せた楽器隊の狂乱っぷりがまぁ凄まじいことよ。
殺される側も殺される側で活き活きとしている様を見て我が戦慄も全力疾走。
まな板の鯉にしちゃ大分活きが良すぎる。

「人生初めてちょっとだけ緊張してるから、もっとお前らと距離近付けたいんだけどいいかい?距離が近付くと言えば、君たちと僕たちはもうそんな関係だと思うから、この曲を贈りましょう」と、聴衆を舐めまわす様な視線で挑発したのち『解剖家族の真意』へ。
これ以上ないアンハッピーファミリーソングをもってして、我々を家族に迎え入れようとするサイコパスの手を躊躇いなく取り、絶えず叫び頭をぶん回すフロア。
それをジトっとした目線で見下ろし、不敵な笑みを浮かべるメンバーの姿がおどろおどろしすぎて、絵にかいたようなその「してやった感」に思わずこちらがニヤけてしまいました。
DAMYを知らない方にすら、タイトルを聞いただけでこれらがいかにハードな曲たちであるかを伝えられるであろう『調教』『撲殺サマンサ』をドンドドン乱れ打ち。
乙女の束の間の休息である「髪型整えタイム」の隙を一瞬も与えることなく、まるで長編のキラーチューンを丸飲みさせる様、激しい楽曲を投与し続ける”ワルい4人”と、それに決死の覚悟で喰らいついていくファンを見て、「この公演に副題をつけるなら”たのしい戦争”だな」と一人思った次第よ。

バスドラのみならず、スネア・タム・シンバルのすべてを凶器として、体ごと吹き飛びそうな感覚に陥る海青さんの怒号極まる音圧と、そこへ絡まる颯熾さん・空さんの轟音があまりに心地良く、これが玄人どもが言う「グルーヴ」かと身をもって知らされる。
先程も触れた椋さんの歌声を含め、私が過去に観てきたDAMYのライヴのなかで圧倒的一位に輝く珠玉のバンドサウンドは、激しさと同等の幸福感をもたらしてくれました。

猛威を奮ったDAMYの殺戮劇から空気は一変。
今にも妖怪が飛び出してきそうなゲゲゲサウンドを寂しく妖艶に奏でる空さんの怪音に静まり返る場内。
そこへポツリと響いた「あの公園で遊びましょう」の声が次曲のお告げ。『溺愛公園三丁目』へ。
余談Ⅲですがね、私が最高に愛している一曲でありますからして、このときの高揚感たるや浜松銘菓うなぎパイの如し。意味はなし。

なにかおぞましい者に憑りつかれた少年とも幼女ともつかぬ冷たく澄んだ歌声をぶら下げ、ステージを徘徊する椋さんと、彼の身を切り刻むかの様に響き渡る空さんの重たいカッティングギターは、不気味と愉快の高次元融合を成す。
その怪奇的なリズムに魅せられるがまま、私たちの足はお隣りの『溺愛公園四丁目』へと。
海青さんの軽快なスネアと仲良くすべく、頭上を埋め尽くした無数の手が意気揚々とハンドクラップ。
この”愉快”と”不愉快”が交じり合うなんともいえない「狂った愛らしさ」は、DAMYの専売特許とも言えましょう。

キラーサイド→サイコパスサイド→ダークサイドへ流れ込んだ先は、バラードの海でした。
DAMYの最も美しい側面に触れられる名バラード『深海』。
緑の海に飲み込まれた様な照明の底で艶めいた声を上げる椋さんの姿は痛切そのもので、音の止んだ隙間に吹き込んだ悲痛のアカペラは、言葉では形容し難いオーラを放っていました。
最後の一節を丁寧に歌い上げた彼を暖色の光が迎え入れた矢先、ここでDAMY椋の私的な内省と愛に溢れた『キンセンカ』が柔らかな花を咲かせます。
この歌は、幼少期から共に日々を歩んできた愛犬が亡くなり、孤独の底へと落ちた椋さんがその尊い命に向けて綴った手紙の様な作品です。
穏やかな鍵盤の音色を包む3つの温かいサウンドが、彼らに向い合う全てのファンの頬をかすめていく様を感じながら、歌い手の大切な「ひとつ」へ宛てた少し頼りなく、それでも確かに逞しい歌声に胸が熱くなりました。
ステージを取り囲む真っ白なライトとは異なり、彼のもとにだけ真っすぐ伸びた陽だまり色の光が、ふたつを結ぶ声の通り道に見えたこともここに記しておきます。
過去、単独公演を行った際に来場者へのプレゼントとして配布されたこの作品が、あれから約一年経ったこの日に同じ会場で歌われること。そして、それが彼らの解散ライヴであったこと。
それらすべてが必然に感じられるとても素敵な時間でした。

想いのあまり声を詰まらせ、曲の終わりに掠れた溜息をもらした椋さんに安息の時間を与えてあげてほしいところでしたが、残念無念ここはDAMYのライヴ。
再び激烈なるサウンドに感化された彼は人格を切り替え、背中に抱えた3種の轟音を盾に総攻撃を繰り広げるのでした。

機材トラブルがもたらした束の間のMCでのこと。
作り物のMCや半ば義務的でお約束化した逆ダイやヘドバンなんて温くて嫌だと発言した後、「お前らのこと”愛してるよ”なんて言ったことないじゃん。だって、愛してないもん」とファンを笑わせながら、その直後に真剣な表情で「でも、お前らとの居場所がめちゃくちゃ好きだ」と告げた彼の清々しい声に歓声がわきます。
このときに限らず、あまりお客を褒めないことで知られるあのスパルタヴォーカリストがこの日、曲中に何度も「いいね!」「最高だな!」と叫んでいたのも印象的で、ステージ上での嘘偽りを嫌う彼が放つからこそ、その純粋な言葉に気をよくしたフロアは際限なく熱を高めていくのです。
本編ラストは、DAMYのライヴといえば…の『理由』で豪快にお客様を叩きのめし、言葉もなくメンバーはステージを去りました。

アンコールでは、メンバーからファンに向けてひとりずつ挨拶の時間が割かれることに。
椋さんは「上(二階席)で観たいから、好きなだけ話して」とマイクを預け、ステージから姿を消しました。
高大なミハルヒルから降り、センターまで向かおうとする海青さんは、ステージを煌々と照らすライトに向かい「照明が熱い!熱くてしんじゃうよ…」と満身創痍の笑顔を浮かべていました。
「結成時からずっと情熱と気合だけでバンドをやってきた様なもので、活動を通して個人的にファンに伝えたいものなんて明確になかったけど、解散が決まってから伝えたいものが見付かった。それは、”現実を受け入れることが出来る様になろう”ということ。そうすることによって未来が見えて、歴史が作られていくから」と話した海青さん。
そこへちょこちょこ横槍を入れながらウフウフ笑っていたのにも関わらず、自分の番になった途端、二言も話さない内に言葉を詰まらせ、全く声を発せなくなってしまった颯熾さん。
(超)問題児バンドのリーダーとして、常にメンバーを牽引しながらあらゆる問題の矢面に立ち続けてきた彼は、「4人が初めて組んだこのバンドが1900日以上も続いて、これだけ多くの人たちに愛される存在になるとは思っていなかった」と涙ながらに話します。
多くの苦労を抱えてきた彼が嗚咽混じりの声で言った「DAMYのリーダーを任されて嬉しかった」という言葉は、言いようのないくらい大きな価値のあるものです。ちなみに私はここで泣きかけました(余談Ⅳ)。

DAMYのメインコンポーザーである空さんは、「もっと多くの人が聴いてくれる様な良い曲を作れていたら未来も違ったのかなと思うから、メンバーにもお客さんにも申し訳ないと思ってる」と話し、各メンバーへの想いを丁寧に伝えていました。
彼は、バンドを辞めたいと何度も思うことがあった時期、海青さんに言われた一言がずっと胸に残ってると言います。
自分に友達がいないことを寂しく思った彼は、ふと”あること”について考えたことがあり、機材車の中で海青さんにこう尋ねたそうです。

「メンバーって友達なのかな?」

その期待混じりの質問を一蹴するかの様に海青さんは「ちげぇだろ」と言い放ったんだとか。
予期せぬ返答にショックを受けた空さんでしたが、続けざまに言われた「家族だろ」という言葉に胸を打たれ、この言葉がその後の活動において何度も自分を救ってくれたと、頬を緩めながら話されていました。

椋さんは初めてヴィジュアル系のライヴに触れたこのO-WESTで、「俺もあのステージに立ちたい」と、その一心でバンドを始めたといいます。
でも、実際に活動をしてみて、一向にお客さんが増えない理由が分からず、理想と現実のギャップに戸惑っていた矢先、メンバーから言われた「お前の音楽はファッションだ」という言葉に耐えがたい悔しさを覚えたそうです。
そんなあらゆる「何故」への答えを彼はある日に導き出したといいます。

「自分はただヴィジュアル系が好きなだけで、あのステージで輝いていた人たちがどんな想いでここに立っていたのかを何も分かっていなかった。それに気付いたときに”憧れだけで立てるステージじゃない”と知った」

それに気付いた瞬間の心情を感情豊かな口調で伝えてくれました。
その悔しさを糧にここまでやってきて、この場に立った今も尚「ヴィジュアル系が一番格好良い」と涙を浮かべながら力強く言い切る彼の言葉はきっと、ファンのみならず、彼らを見守ってきた多くのバンド仲間や関係者にも強く響いたことでしょう。

この日の最後に、椋さんはメンバーの方を向き「こんなただヴィジュアル系が好きだった奴をアーティストにしてくれてありがとな」と言い、深く頭を下げました。
緩んだ表情を浮かべながら彼の姿を見つめる戦友たちと、4人を包み込む温かい拍手の音が今でも鮮明に思い出されます。
名残惜しそうに言葉で時間を繋ぎとめようとした椋さんですが、ついに終わりへ向けたタイトルコールを。
こちらに手向けられたのは『雨音』でした。

この日のために作られたと言われても何の違和感もない一種の必然に思える詩を切々と歌い上げる彼でしたが、一歩先に待つ詩のメッセージに耐え切れなくなったのか

声を枯らして歌を歌おう
いつかまたキミに届くようにと
未だ咲かない花を咲かして
いつかまたここで会えますように

そう歌うとき、一気に込み上げた感情に飲み込まれ、止まらない涙を何度も拭っていました。
あんなにも子供の様に泣く大人を見たことがありませんでしたが、その姿こそがDAMY椋の内側にあり、詩のなかに幾度となく姿を見せてきた「童心」そのものなのだと思います。
彼だけではなく、その声を支える楽器隊も似た表情をしていて、つくづく「弱くて強いバンドだなぁ」と痛感させられました。
海青さんを茶化して泣いた颯熾さん、そして、そんな颯熾さんを「大丈夫か?」とおちょくった椋さんが最後に一番泣いているという号泣リレー。愛らしいったらない!でもって、海青さんはつえぇ。

「湿っぽい雰囲気はDAMYじゃない」と少し照れながら話した椋さんが、感情を出し切り呆然とする3人を持ち場へつかせます。
彼がDAMYのエンドロール(という名の火葬)に選んだのは、この日二度目の『理由』でした。

過去何百もの公演で「お前らの生きてる理由は見つかったか?俺にはまだ分からないから、お前らがここで教えてくれ」と何度も身を震わせ叫び続けてきた歌です。
最期の最後に待ち受ける大爆発を前に、椋さんが笑顔で告げた「生きてる理由、俺はちゃんと見つけたよ。お前らと一緒に見つけたよ。だから、最後ここに全部置いていけ」とこの日一番のシャウトをキメた直後に訪れた最上級の大嵐。
それがいかに驚異的で猟奇的でトチ狂った愛溢れる惨状であったかなど、言葉にする必要はございません。

「俺らの音楽はずっと傍にいる」
「5年間ありがとうございました」

こんな言葉が椋さんの口から出たことに成長はもちろんのこと、ほんの少し切なさを覚えたのも確かです。
私にとって、また多くのファンの方にとってもきっと「もっとこの先を観ていたかった」と心から願える稀有なバンドでしたから。

約6時間にも及ぶ全曲ライヴ。
それはもう語ろうと思えば、いくらでも話したいことはあります。
しかし、「この曲はこう、あの曲はこう」というよりも、全編を通して「DAMYだった!」としか言い様のないライヴであったことも事実で、いつだって「いつも以上」のDAMYが更に飛び抜けていつも以上だった!と。そんな感じです。伝われ。

喜びも悲しみも悔しさも思い出もすべてを内包した歓声があんなにも胸に響いた公演を私は他に知りません。
あの空間に流れ溢れるすべての感情を単に「激しい」と形容する気にはなれない。
もっと繊細で切実で愛故のものしか存在しないあの特別な時間にピッタリな言葉が見付かったら、この記事に追記しておきます。

2019年5月6日
DAMY LAST LIVE『この場所で僕らは消える。』

「消える」と言いながら、一生消えない記憶を私たちに遺してみせた彼らは、やっぱり最後まで「死にたがりで生きたがりで天邪鬼なバンド」でした。
最後に最高のパフォーマンスを見せてくれたDAMYと、最後まで最高の共鳴を見せてくれたファンの方々に感謝してもしきれない一夜。
今後のヴィジュアルシーンに彼らが撒いた種があらゆる形で美しく花開くことを願います。

あ、最後にひとつだけ。
最後に撮影された集合写真と、会場を飾ったファンの方からの大きな花。
この2つの構図がとてもよく似ていて、思わず笑みがこぼれました。