制作

emmuree『EMMUREE』

語、舞伎、ンミュレ

日本が誇る三大伝統芸能。
先の二つと異なり、一代でその地位を築いた偉大なる暗黒結社emmuree。
結成から約20年もの間、「ブレない」という常套句さえをも震撼させる一途さをもって「闇」を磨き続けてきたバンドでございます。
それ故、彼らの音楽は「マニアックな世界観」「玄人好みの音楽」といった認識が濃く、暗黙の「一見さんお断り感」が拭えない模様。
しかし、emmureeの音楽は決して画一的ではなく、深い闇の中に差し込まれる澄んだバラードや、煌びやかで温もり溢れる楽曲も多く存在することをお伝えしたいのです。
そんな灯的作品史上最高と言っても過言ではない、ファンですらちょっとびっくりな奇作が本日紹介する『Christmas Eveに生まれた古時計』でござる。にんにん。

持ち前の美しいメロディーはそのままに、世界の配色をグレースケールから暖色へ、ダウナーなリズムをひとたびキュート方面へパチッと傾ければ、こんなにも甘く愛おしく、なんなら「可愛い」なんていうアンミュレらしからぬ感想さえ浮かぶ一曲の出来上がり。
Vo.想さん必殺の感情過多に揺れる美声も、この楽曲に込められたメッセージを前にしてほころばずにはいられない様で、その緩やかで陽気な歌唱は非常に愛らしいものです。
普段は怪音ギタリスト兼空間支配人として恐れられているGt.ハルカさんもまた、この作品上では今までに見せた事のないキラメキを奏でており、Ba.朋さんは暖炉の様な温かい低音でそれらすべてを支えます。

穏やかなリズムにのせて歌われるのは、とある家族が育んだ「クリスマス」の思い出話。
サンタクロース扮する父から我が子へ注がれる愛情、願い、眼差し。その一部始終を片時も離れずに見守りつづけてきた古時計。
双方の関係性を大袈裟な脚色なく人肌の温度でドラマチックに描いた名作です。

一人称さえ省かれた完全主観の世界で描く主人公の優しく切ない時間旅行。
今や老父となった彼が聞き慣れた古時計の音色に身を委ね、幼き日の我が子へ会いに行くシーンから物語は始まります。

ワイングラス
ローストチキン
オレンジジュース
少し大きめの靴下

賑やかなホームパーティーを連想させる単語がコロコロ転がる詩のうえで、あの頃はまだ小さかった我が子とクリスマスの夜を楽しむ主人公の姿が描かれます。
白く染まった窓に向かい、彼が子に呟いた『やれやれ どうやら 今夜は朝まで降りそうだね』という言葉。その一言に滲む幸福感と少し呆れた様な笑み声はとても温かく、けれどどういうわけか胸をキュッと締め付ける確かな切なさを持つもの。
喜怒哀楽において、本来真逆に位置する「喜」と「哀」を同時に感じさせられるこの声の温度感は、想さんにしか表現し得ない不思議な趣きを届けてくれます。
はしゃぎ疲れた我が子の寝顔に寄り添い、彼が耳元でそっと「おやすみ」と囁くところで一度物語は暗転します。

しばしの回想を終えた後、時間軸はそれから数十年が過ぎた日へ。
そこには、最愛の我が子のもとに生まれた新しい命がありました。
孫を授かったことで祖父となった主人公は、その年のクリスマスに、父となった我が子へ最後のクリスマスプレゼントを贈ります。それは、白い付け髭と赤いガウンでした。
これまでに訪れたいくつもの聖夜に彼が身に着けてきたちょっとお茶目な正装品。
それを我が子に託し、『バトンタッチってやつさ』と話す彼の口調はとても誇らしげなものでした。そうして、彼は長きに渡るサンタクロースの役目を終えるのです。
今度は父となりサンタクロースにもなった息子が生まれたばかりの子の寝顔に「おやすみ」と囁くところで、物語は二度目の暗転を迎えます。

そして、お話は最終章へ。時は現在へと回帰します。
同じ家で、彼と子の人生を見守りながら、時を刻み続けた古時計。
耳に馴染んだその針の音が老父となった今の彼に「おはよう」と告げます。
どうやら、彼は思い出に浸りながら眠りについてしまっていた様です。
そうして、6:09の時間旅行は終わりを迎えるのでした。

読後感はきっと人それぞれ。
親から子へ受け継がれる「幸せなクリスマス」を愛情一杯に描いた本作に触れて、「微笑ましいね」とにこやかに話される方もいれば、一方でこの曲がどんなバラードよりも「切ない」とこぼす方もいらっしゃることでしょう。
キラキラと輝く思い出の温かさと、そのなかに流れる一抹の寂しさが音と詩、表情豊かな歌声の満ち引きによって再現された素晴らしい作品ですので、是非歌詞カード片手にじっくりとお楽しみください。
余談ではありますが、この唄を歌ったときの主人公がまだこの世に生きていたのかどうかを想像してみるのもまた一興かもしれません。まぁどちらにせよ、彼があなたの記憶に生き続けるナイスダディであることには変わりないんですけどね。

ヒットチャートを賑わせる楽曲に必要不可欠な「共感」とはちょっとばかし無縁な音楽を奏で続けてきたemmureeにとっては、ある種の「飛び道具」ともいえるこの『Christmas Eveに生まれた古時計』。
「鮮やかに婚期を逃してやったぜ!」と自嘲する女性や、「結婚願望など己の貯金残高よりも微々たるものだ」と豪語する男性の人生観をも変えてしまう一曲になるかも。
親と子の途切れぬ繋がりを素朴に綴ったこの作品に近年類まれなるドラマチックパワーを感じることで、私たちが素晴らしい日々をいかに無意識に生きてしまっているかということにも気付かせてくれる御唄。家族って、良いものです。

澄んだ闇、淀んだ闇、荒んだ闇。
emmureeに触れれば触れる程、そのどれもが「絶えず美しいもの」であることを思い知らされるのですが、もしもそこに「なんかとっつきにくい」という苦手意識や偏見を抱く方がおられるなら、『EMMUREE』というアルバムに差し込まれた灯ックナンバーを聴いていただきたい!というのも、3曲も入っているんです。こういった切なく優しい名曲が。なので、臆せず怖いもの見たさで手に取ってみてくださいね(矛盾)。

刷り上がりに13年を要した名刺的作品。
令和早々、アンミュレのアンミュレで、平穏無事なその人生に健やかなる悪影響を。